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クラウドファウンディングに応募していただいた覚和歌子さんのポエタロが家に来ました。

さっそくやってみる。
昨日出てきたカードは「棺」。
ゲッと思って別のカードを引こうかとも思ったが、心を落ち着けて解説を読む。

・完了
・終息
・葛藤のなさ
・おさまり
とあり、
「カードからのメッセージとして考えられること」に
・完了できます
・後悔はいりません
・事後のトラブルは起こらずにすみます
と書かれているので、まあいいかと思う。
「詩文を読み解く」には、なかなかいいことが書かれていて安心した。

今朝も引いてみた。
すると「木の実」というカードが出てきた。
解説書によるといまの僕が「直面しているテーマ」は
・努力と励行の結実
・最終段階、結果
・収穫と分かち合い
・はるかなものへの指向と夢の実現
だそうで、
「カードからのメッセージと考えられること」は
・望みがかなう
・努力が報われる
・成果を手にできる
・終わりは始まり。
だそうだ。
「詩文を読み解く」にはやはりいいことが書いてある。
いいことしか書いてないのかな?と、「この世界にはたくさんの悪いことがある」という旧癖的思考で見ると、疑いの心がむくむくと湧き起こり、一方で「やっぱそうだよなぁ」という楽天的自分を見つめる。

そういえば、子供の頃、「悪魔のカード」を手に入れ、何度かやったが、恐ろしいほど当たるので捨てた。
あの「恐ろしい」という感覚が原初の心を思い出させたのかなと思った。
そう考えて、このポエタロにはそういう「恐ろしい」という感覚を思い出させる要素がないから原初の心が引き出されないのでは?と一瞬思った。
でも、カードをよく見ると「棺」「穴」「幽霊」「刀」「神殿」「錆」「トンネル」「光と闇」など、ちょっと怖いかもと思うカードも含まれている。
悪魔のカードはベースに恐怖があり、原初の心が刺激されるのだが、ポエタロはベースがとても自然だ。
何かに偏ってない。
だから、心の投影を見るにはとてもいいような気がする。
表れてくる感情はどれも自分の心の反映であることがよくわかる。
プレーンだからこそそこに表れてくる「喜び」「感謝」「怒り」「笑い」「悲しみ」「前向きな感情」などは自分が作り出しているものだとはっきりする。

このようなカードは何回も繰り返すことに意味があると思う。
繰り返すうちにカードと自分の心とにシンクロの回路ができる。
広大な無意識の渦にアクセスするためには一度や二度の体験ではうまくいかないだろう。
無意識への渦へアクセスするためには何度も何度も繰り返すことが大切だ。
繰り返すことではじめて感情や無意識の回路が自分に対して道を開けてくる。
僕が毎日「日刊 気持ちいいもの」を書き続けるのはそこに理由がある。
他人にはその理由がわからない。
説明してもあまり意味をなさない。
僕の心にだけ見えてくる。
ユングのヴィジョン・セミナーを四年かけて読み終えたが、あそこに出てきた説明のしにくいものにとても興味を持ったのは僕が無意識の回路を開けつつあることが理由だろう。
そして、無意識の回路は明確に開くものではない。
開くか開かないか、その狭間に立ち続けることに意味がある。
その狭間に立ち続けるきっかけは人によっていろいろであってよく、柚楽弥衣さんが「千日の歌」を続けるのも、そのあたりに理由の一つがあるのではないかと僕は思っている。
絵で開く人もいるだろうし、書道で開く人もいるだろう。ヨガでもそれが可能だ。

ポエタロは見た目はかわいいが、扱い方によってとてつもないものになるだろう。
そういう自分になるかならないか、それを選択するということだな。
もちろんままごと遊びのように使うこともできるだろうけど。

ポエタロの話題を発信するBlog「ポエタロガーデン」 : http://ameblo.jp/poetarocard/

文:つなぶちようじ

Blog : 水のきらめき

twitter : https://twitter.com/yoji_t

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